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地下街「今昔ものがたり」

キタの広場 〜今も昔も、待ち合わせの定番スポット〜

2026.08.17

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地下街には、お店や通路だけでなく、さまざまな広場があります。時代を映し出す個性派揃いの広場は、憩いの場としてはもちろん、待ち合わせスポットとしても愛されてきました。この記事では、そんなキタの広場の変遷をご紹介します。


「ホワイティうめだ」噴水の誕生と、その歴史


「泉の広場」初代噴水

1970(昭和45)年、「ウメダ地下センター(現:ホワイティうめだ)2期(拡張部分)」が開業し、「泉の広場」が誕生。
地下街に広場をつくったのはこれが最初で、噴水を設置し地下のオアシスとしました。
大きく吹き上げられた天井にシャンデリアが輝き、7色のスポットをあびて3段に流れ落ちる滝が水しぶきをあげていました。当時、その珍しさに硬貨を投げ入れる人が多くいたそうです。


「泉の広場」初代噴水


物珍しさに多くの人が足を止めた。待ち合わせスポットや憩いの場所となった噴水。




2代目噴水

1981(昭和56)年、施設のイメージアップを図るため、滝(噴水)部分を全面改装し2代目として生まれ変わりました。2カ所の泉はイレギュラーな多段型の落水型式を採用し、水中カラーランプと組み合わせました。天井はステンレスの鏡面加工全面貼り、垂壁にはステンドグラスを施し、カラフルできらびやかな姿となりました。


2代目噴水




3代目噴水

1987(昭和62)年の「ホワイティうめだ」グランドオープンから遅れること21年、2002(平成14)年に広場の全面再生工事を行い、3代目の噴水が誕生しました。
高さ3m、直径9mの大理石製で、大阪市の姉妹都市ミラノ市の彫刻家がデザインしたもの。泉の周囲には5体の少年像を配し、ドーム型の天井には青空と雲が描かれ、開放的なムードを醸しだしていました。
2019(令和元)年の2期リニューアル工事に際し撤去されることが決まった3代目の噴水。「泉の広場」ではさまざまなお別れイベントを開催しました。少年像は各地にもらわれていきましたが、現在1体が当社に保存されています。


3代目噴水


(左)3代目オープニングイベント
(中央)ミラノ市の彫刻家がデザインした少年像
(右)少年像は1体のみ当社に保存

2019年12月、生まれ変わった「泉の広場」

1970年の誕生以来、梅田の待ち合わせ名所として親しまれてきた「泉の広場」は、2019年に大規模リニューアルを実施。従来の噴水は防災面やイベント活用の観点から撤去し、名称はそのままに、「水と木」をイメージした生命の木「Water Tree」をシンボルとして生まれ変わりました。


水面から生える太い幹に鏡面仕上げを施した枝や葉、果実をイメージした照明シェードやクリスタルを直径12mの空間に約1,500本を配し、床面はLED照明で波紋を演出。季節や時間で表情を変え、周辺のグルメゾーンとともに賑わいを創出しています。



「ドーチカ」広場の変遷


「南広場」の誕生

1966(昭和41)年、「ドージマ地下センター(愛称:ドーチカ)」の開業とともに生まれた「南広場」。 「催し・イベントなどが企画できるようにスペースはたっぷり」とりました。(ドーチカ50年史より)


電照広告枠として利用可能な構造柱




「堂島史碑」の設置

1976(昭和51)年、開業10周年を機に「南広場」の構造柱を改造し、堂島の移り変わりを示す古地図などをはめ込んだ「堂島史碑」を設置しました。


左:除幕式の様子
右:室町・戦国・江戸時代に加え、地下街開業までの“堂島今昔”の地図がはめ込まれていた




「天使の広場」の誕生

2003(平成15)年、ドーチカは「天使のこころでおもてなし」をコンセプトに全面リニューアルを行い、「天使の広場」が誕生しました。


「天使の広場」


「天使の広場」を含むドーチカの天井には、アーティストの手描きによる、中世ヨーロッパのテンペラ画を思わせる「天使の絵」が描かれていました。これは「天使のおもてなし」というキャッチフレーズにちなんだもので、愛らしい天使たちが地下街のいたる所にいました。

2016年7月、「天使の広場」リニューアル

2016(平成28)年、開業50周年を迎えた「ドーチカ」は大規模リニューアルを実施。このリニューアルで、通路などに描かれていた「天使たち」は補修コストの観点から段階的に撤去されましたが、「天使の広場」のドームに描かれた天使の絵だけは現在も残されています。


リニューアル後の「天使の広場」



「コムズガーデン」広場の歴史

「コムズガーデン」は、1990(平成2)年に開催された「国際花と緑の博覧会(花博)」の開催に合わせて開業、地上の「京橋公園」の敷地から沈下する“サンクンガーデン(沈床庭園)”と呼ばれる西洋庭園の様式となっています。
施設B2階中央の広場は、開業当時はJR京橋駅から鶴見緑地線京橋駅への動線として“連絡通路”の役割を担っていたため、花博開催期間には310万人が行き交いました。
1990年代後半から2010年代には広場を使ったカラオケやバンド演奏などの音楽イベントが多数開催され、後に有名となった歌手やバンドも出演していました。


開業当時のコムズガーデン


2010年頃のコムズガーデン

2025年4月、グランドリニューアル

2025(令和7)年4月、「日本国際博覧会(大阪・関西万博)」(2025年4月13日開幕)に合わせ、地上部の「京橋公園」と共に「人々の日常に溶け込む都市型NSC(近隣型ショッピングセンター)」をコンセプトに施設を全面リニューアルしました。
広場も、人工芝とベンチを設置し施設利用者や近隣住民に親しまれる憩いの場として生まれ変わりました。