TIMEこれまでの歩み
CROSSROADS
人が行き交い、笑い、待ち合わせ、語らう。
大阪の地下街はそんな都市の日常を見つめてきました。
変わりゆく時代の中、
これまでも、これからも――変わらない場所で。
19501960
1951(昭和26年)
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9月
★日本初の民間放送(現MBS)が大阪でラジオ放送開始
1954
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11月
映画「ゴジラ」第1作公開
1955
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11月29日
第1回「大阪地下街株式会社設立準備委員会」開催
地上の交通対策の一環として1952年に大阪市土木局と交通局で地下街建設案が協議された。翌年、大阪市長にその構想が説明されたが一旦保留され、2年後の1955年、地下街建設計画の準備に入るよう指示が出された。
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1956
6月13日
「大阪地下街株式会社」の誕生
難波地下街建設の原案が策定され、1956年3月、当社設立のための発起人会(高島屋、東宝、大阪スタジアムの代表者)が行われた。創立事務所がまとめた「目論見書」では、交通緩和と土地の有効活用による地域発展を会社設立趣旨とし、社名は公共性を重んじ「大阪地下街㈱」、地下街規模を総面積1,630坪(5,379㎡)とした。
地下街の当初計画については周辺商店街や路面交通関係者からの賛否、また完成後の影響が未知で不安の声も多かったが、創立事務所が中心となって調整に尽力した。1956年5月に定款認証・株式払込を経て役員を選任、6月13日に会社設立登記を完了した。
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10月
★2代目「通天閣」再建・開業
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12月
日本が国際連合に加盟
1957
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8月1日
「ナンバ地下センター名店会(1970年に振興組合化)」結成
12月18日
大阪初の地下街「ナンバ地下センター」開業
(現:NAMBAなんなん)
地下街名は、すでにテナントが「ナンバ地下センター名店会」を結成していたことから、開店1か月前に「ナンバ地下センター」と決定された。「神武景気(1954年〜1957年)」から「なべ底不況(1957年〜1958年)」へと急落する不安な経済状況の中、関係者は緊張を抱えて開店日を迎えたが、午前10時のオープンと同時に地下街は買い物客であふれた。売上は想定を大きく上回り、5日目には坪当たり1万円を突破。12日目の来街者数は20万7,301人を記録し、新聞各紙が報道するなど、地下街時代の幕開けを強く印象づけた。
1958
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12月
東京タワー 完工式
19601970
1963(昭和38年)
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7月
★日本初の本格的な都市間高速道路「名神高速道路(尼崎〜栗東)」開通
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11月14日
「ウメダ地下センター振興会」結成
11月29日
初日101万人が来街、
「ウメダ地下センター1期」開業
(現:ホワイティうめだ)
1961年着工、深夜作業を中心に難工事を克服して1963年11月竣工。阪急・阪神百貨店や主要ビル、地下鉄御堂筋線・谷町線改札を結ぶ最大幅13mの地下道として整備され、施工総面積は約1万8,000㎡と、当時のナンバ地下センターの3.5倍、国内最大級の規模を誇った。開業当日は約100万人が来街、新聞各紙は「人間が地下を歩く時代がやってきた」「1万8,000個の蛍光灯」「夏でも摂氏26度の冷房」と大々的に報じた。
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12月21日
「梅田地下サービス㈱」設立
当社100%出資の子会社。地下街の清掃や飲食店・売店の経営を主な事業とした。
1964
2月28日
斬新なデザインが話題に
「ウメダ地下センター吸排気塔
(現:梅田吸気塔)」完工
ウメダ地下センター開業にあたり、地上と地下をつなぐ吸排気口を4ヵ所に分散設置。うち1ヵ所は阪急百貨店前の地上交差点中央部にミニ緑地帯を設け、高さ14~18mの吸排気塔5基を建設。この「ウメダ地下センター吸排気塔」は、大阪の表玄関にふさわしい都市美を構成することを目論み、芸術院会員・村野藤吾氏のデザインにより制作された。
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6月8日
「堂島地下街㈱」設立
当社と「㈱毎日大阪会館(後の㈱毎日ビルディング)」の出資により設立した。
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10月
★東海道新幹線(東京〜新大阪)開業
東京オリンピック 開幕
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11月5日
「ナンバ地下センター」改良工事完工
1965
-
11月20日
「全国地下街連合会」結成
過密化する地上交通の緩和を目的に地下街は誕生し、高度経済成長期に全国で建設が進んだ。地下街運営会社の情報交換の場として発足した「全国地下街連合会」は、専門部会を通じ地下街の発展に寄与している。
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1966
7月1日
堂島地下街㈱「ドージマ地下センター」開業
梅田ターミナル西部に位置し、国鉄大阪駅前地下道や大阪駅前市街地改造ビルと連絡する地下街として、1964年に着工、1966年7月に開業。地下鉄四つ橋線「西梅田」駅から南へ延長250m、総面積7,963㎡で70店舗が並んだ。白を基調に中央へオープンフロアを設け、開業当時は「日本一明るい地下街」と称された。
1968
-
4月
日本初の超高層ビル「霞が関ビルディング」開業
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7月31日
「ミナミ地下街㈱」設立
「ミナミ地下センター 虹のまち(現:なんばウォーク)」の建設・開業にあたり、当社100%出資で設立。
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8月28日
「アベノ橋地下センター振興会」結成
11月30日
南大阪のシンボルタウン「アベノ橋地下センター」開業
(現:あべちか)
地下鉄谷町線「天王寺駅」工事と同時に建設が進められ、大阪市で都市計画決定を義務付けられた第1号の地下街。洋品雑貨31店、菓子食品18店、飲食喫茶26店が並び、開業日には約2万人が来街し大盛況となった。
1969
-
12月23日
「ミナミ地下センター虹のまち振興会」結成
19701980
1970(昭和45年)
2月28日
ウメダ地下センター振興会、ミス・ウメチカ「泉の精」を募集
応募者358名の中から「泉の精」5名を選出。最終選考会は大阪万博会場で華々しく開催された。
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3月
★日本万国博覧会(大阪万博)開幕
3月6日
ひときわ明るくフレッシュな「ミナミ地下センター 虹のまち1期」開業
(現:なんばウォーク 一番街)
地下鉄4線と国鉄、近鉄の6路線が集中し、混雑緩和とミナミ繁華街の南北分断の回避が課題となり、地下街建設が浮上。「万国博を成功させよう」を合言葉に1968年10月31日着工、1年半の突貫工事で進められた。94店が並ぶ、自然を取り入れた虹がコンセプトの「虹のまち」が誕生した。
3月20日
「ウメダ地下センター2期/
泉の広場」開業
1968年7月、地下街拡張のため2期工事に着手。新御堂筋方面へ80mカギ状に延伸、総面積8,582㎡に43店舗が並んだ。また、交差点下には噴水と大シャンデリアが印象的な「泉の広場」を設け、地下街初の広場空間として話題を集めた。
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6月30日
「大阪地下センター商店会連合会」結成
ウメダ地下センター振興会など、6地下街の組合で結成。共通課題の解決と共同事業推進を目的に、指導連絡・情報提供・調査研究・視察見学・行政対応等を行い、洋品・食品・飲食の専門部会を設けた。
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1971
9月23日
ウメダ地下センター「メインコーナー(現:FARURU)」竣工
「阪急百貨店前通路(旧コンコース)」から地下に降りる大階段(2008年撤去)下の「おしゃれコーナー」と「おしゃれ北コーナー」を一区画に改装した。
12月3日
ウメダ地下センター「花の広場」竣工
「泉の広場」の評判を受け、コマ通りの北端店舗・荷捌場を移設し「花の広場(現:サニーテラス1)」を設置した。天井には円形のフラワーボックスを設け、床面はコインモザイク模様で統一、ウメダ地下センター1期にも憩いの広場が誕生した。
12月1日
「ミナミ地下センター 虹のまち2期/光の広場・水の広場・緑の広場」開業
(現:なんばウォーク 二番街・三番街)
2期開業の最大の特色は、「自然のある地下都市」を掲げ、西側戎橋筋下に「光の広場」、中央部千日前下に「水の広場」、東側日本橋交差点寄りに「緑の広場」の3つの広場を設置した点である。
・「光の広場(現:クジラパーク)」は、ステンレスパイプと照明で“商都大阪の躍動”を表現。
・「水の広場(現:フォレストパーク)」は、リアルな水の幕に投影した虹の演出で“水都大阪”を象徴。
・「緑の広場(現:ニュースパーク)」は、リアルな樹木を配したミニ森林で、大阪緑化運動の意義をもたせた
機械室は地下2階に集約し、法規制を満たす機能を完備。第2期工事費は76億円、1期と合わせて全体で107億円に達した。
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12月10日
アベノ橋地下センター「レストランプラザ(後の、味プラ)開業
1972
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2月
アジア初の冬季オリンピック「札幌オリンピック」 開幕
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12月20日
「虹のまちモータープール(後の、なんばウォークパーキング)」開業
1973
-
10月
第1次オイルショック(トイレットペーパー騒動)
1974
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2月27日
「プチ・シャンゼリゼ協同組合」発足
8月28日
梅田の地下動線として公共性を高めた「プチシャンゼリゼ/星の広場」開業
1972年、「ウメダ地下センター」北側延伸となる工事の設計に着手。区間は国鉄(現JR)ガード下からヤンマーディーゼル本社ビル前までの延長185mで、阪急梅田駅の北側への移設を機に、阪急三番街とも連携しながら地下街の活性化をめざした。
この完成により、谷町線「東梅田」駅から阪急「梅田(現:大阪梅田)」駅まで安全な地下動線が確保され、地下交通結節点としての公共性が一層高まった。
工事中は国鉄高架下掘削や石油危機による工費高騰など困難も多かったが、関係各社の協力により、街全体が1つの洋品専門店のような「プチシャンゼリゼ」は成功を収めた。
11月30日
「ナンバ地下センター」から「なんなんタウン」へ、リニューアルグランドオープン
開業から16年が経過し、老朽化や設備面で後続地下街に見劣りする状況下で南海「難波」駅改造と大規模商業施設建設が予想され、入店者から全面改装を求める声が高まった。また、法制化に伴う防災面の課題もあり、当社は名店会と協議し、設備更新と店舗規模適正化を柱に改造を計画。
関電産業ビル改築と連携し、地下街延伸と設備統合を実施した。1973年に増築、翌年、101日間の全店休業による全面改装を断行し、イメージ一新を図り一般公募で「なんなんタウン」と改称。防災・環境設備も刷新し、近代的地下街として再出発、利用者数も順調に伸びた。
1975
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2月25日
「全国地下商店会連合会」結成
3月1日
虹のまち「愛の広場」竣工
「虹のまち1期」開業6周年記念事業の一環として、西端広場改装竣工記念セレモニーを実施。公募により「愛の広場」と命名。特設ステージでは「ファッションショー」「世界のカーニバル」を、また、緑の広場では「野点コーナー」の盛大な催しと、謝恩特別セールを実施した。
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12月11日
「ミナミ地下街㈱」を吸収合併
1976
1978
1979
19801990
1980(昭和55年)
3月1日
虹のまち「鏡の広場」竣工、
「光の広場」「水の広場」改装
近鉄難波ビルとの接続のため、チューリップ通りに、「洒落た公衆電話」をモニュメントに仕立て太い独立柱にガラス鏡を張り付けた広場を設けた。愛称募集で「鏡の広場(現:ポケットパーク)」と命名された。
「水の広場」にステンドグラス照明を新設し、噴水設備を改造。「光の広場」には水銀灯、ポール灯を新設した。
1981
3月21日
ウメダ地下センター「泉の広場」改装、2代目噴水登場
周辺商業施設の変化に対応し、空間の明るさとイメージ向上を図るため改装を実施。噴水を全面刷新し、多段型落水と水中カラーランプを採用。天井は鏡面ステンレス貼り、垂れ壁はステンドグラスと鏡を組み合わせ、中央にベンチを設け憩いの場を拡充し、2代目「泉の広場」に生まれ変わった。
1982
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3月6日
ウメダ地下センター「ウメチカ1番街南コーナー(現:ポケットパーク)」改装オープン
-
7月1日
「梅田地下サービス㈱」が、「大阪地下街サービス振興㈱」に社名変更
1983
3月5日
ウメダ地下センター
「プチシャンゼリゼ」を改装、「プチシャン」に
近隣の若者ターゲットの商業施設開業に対応し、従来のヨーロッパ調からカジュアルなアメリカンスタイルを取り入れた改装を実施。通路のシャンデリア撤去や天井・広場の改造、独立個店化を進め、名称もプチシャンゼリゼを「プチシャン」に、星の広場を「プチ北広場」に変更。防災面の強化も図った。
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4月
東京ディズニーランド 開園
1984
1985
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2月24日
アベノ橋地下センター「名店コーナー(後の、ファッションプラザ)」改装
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3月
国際科学技術博覧会(つくば博) 開幕
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3月29日
アベノ橋地下センター「名食・銘菓コーナー」改装
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11月
★阪神タイガース 初の日本一
1987
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2月2日
ウメダ地下センター
「ファッションアベニュー」開業御堂筋線梅田駅工事の影響で「ファンシーロビー」を一時的に「ファッショアベニュー」としたもの。1989年6月には「ファンシーロビー」が復旧した。
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4月24日
「ウメダ地下センター」から「ホワイティうめだ」へ、リニューアルグランドオープン
開業から20余年を経て老朽化・陳腐化が進み、周辺では大型商業施設が独自性を確立、消費者ニーズも“量から質へ”と変化していた。そこで1984年、再び「最先端の街」を目指す改装計画を策定し1986年に着工。新名称は「ホワイティうめだ」に決定。「白には若々しく新鮮なイメージがあり、ホワイティ(ホワイトシティの略)という語感には優しさやファッション性が感じられる」ことから採用した。内装や照明も白で統一、通り名も刷新した。
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7月1日
アベノ橋地下センター「味プラ(現:あべの横丁)」リフレッシュオープン
1988
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4月
瀬戸大橋 開通
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4月14日
「京橋都市センター㈱」設立
「コムズガーデン」開業に向けて、大阪地下街サービス振興㈱と共同出資し、京橋都市センター㈱を設立した。
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10月8日
「アベノ橋地下センター」を
「あべちか」に名称変更開業20周年を機に「あべちか」と改称し、段階的な全面リニューアルの準備を開始した。
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1989
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1月8日
昭和天皇崩御により、「平成」に改元
19902000
1990(平成2年)
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1月26日
「コムズガーデン商店会」結成
3月20日
京橋公園を掘り下げ建設、
「コムズガーデン」開業
鶴見緑地での「国際花と緑の博覧会(花博)」開催(4~9月)に合わせ、大阪市は地下鉄京橋駅の新設と、JR・京阪京橋駅を結ぶ地下通路を計画。その起点となる地下広場に地下街を建設する事業を当社に委託。京橋公園地下という立地と、自然志向の時代背景を踏まえ、コンセプトを「心が緑化する都市のグリーンフロント」とし、「コムズガーデン」と命名。1988年7月に着工し、1990年3月に竣工・開業した。花博期間中の来街者数は310万人。閉幕後は「これからが本番」と、宣伝販促に尽力した。
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4月
★国際花と緑の博覧会(花の万博)開幕
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4月20日
ホワイティうめだ「プチシャン」リニューアルオープン
隣接する阪急三番街の全面改装や近接する茶屋町へのロフト(2025年閉店)の進出に対応して、1990年2月からリニューアル工事を行い、若い女性の感性にフィットするショッピングストリートとして生まれ変わった。
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1991
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3月
東京都庁舎(新宿)が開庁
1993
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3月
★梅田スカイビル 完成、2008年には英誌「THE TIMES」にて、日本で唯一“世界の建築TOP20”として紹介)
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10月1日
コムズガーデンを除く全地下街の通路・広場が全面禁煙に
1994
4月16日
「虹のまち」から
「なんばウォーク」へ、
リニューアルグランドオープン
開業から20年余を経て商業施設としての陳腐化が進む中、関空開港を好機と捉え、振興組合は1989年に「リボーン‘93計画」を決議。単なる改装にとどまらず快適な商業空間の創造を目標に、当社と振興組合双方に推進組織を設置。1991年にコンセプトを「生活創造ライブラリー」と決定し、翌年着工。ゾーニングを再編し、5つの広場を街の「たまり空間」として演出しつつ、バリアフリー化も推進。
「なんばウォーク」と改称し、歩く楽しさを再発見できるショッピングストリートという機能を表現した。
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9月
★関西国際空港 開港(世界初の完全人工島空港)
1995
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1月
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災) 発生
1996
2月29日
あべちか「カジュアルプラザ
(現:カジュアルマート)」改装
開業20年を経て、1990年に「あべちかの改装を考える会」を結成しリニューアルの検討を開始。1999年の全面リニューアルオープンに向け、段階的に改装が進められた。
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4月1日
「京橋都市センター㈱」を吸収合併
1998
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2月
長野オリンピック 開幕
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4月
明石海峡大橋 開通(当時、世界最長の吊り橋)
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11月28日
ホワイティうめだ「サニーテラス1」と
HEPファイブを接続隣接するHEPファイブ(旧阪急ファイブ)のオープンに合わせ、「サニーテラス1」広場を改装し、接続させた。
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1999
10月29日
「アベノ橋地下センター」から「あべちか」へ、リニューアル
グランドオープン
開業から四半世紀を超え老朽化と陳腐化が進行。周辺に新商業施設が相次ぐ中、全面改装を決断した。1998年10月に着工し、翌年2月に1期、同年10月に噴水を含む2期工事が完成した。リニューアルコンセプトは「ナチュラルガーデン」。自然・健康志向を背景に、空・光・緑・水を取り入れ、明るく人にやさしい空間に生まれ変わった。開放的な店舗配置と「カジュアル・マート」「デイリー・グルメ」「あべの横丁」など、各ゾーンの明確化で、集客力と回遊性を高めた。
11月29日
ホワイティうめだ「グルメテリア」
オープン
食料品11店が集積していた「ボックス11」を、テイクアウトと飲食を融合した食空間「グルメテリア」として刷新。キャリアウーマン層をメインターゲットに都市型フードコートとして一新を図ったが、予想したほど売上が伸びず、2003年4月、食品スーパー、雑貨の独立店舗として再出発した。
20002010
2000(平成12年)
2月9日
あべちか噴水ガーデン愛称決定
「パールガーデン」
ウォーターパール噴水により、30分ごとに水玉が下から昇っていくように見える演出が施されていた。周囲にはハーブを中心とした緑を配し、“香りと安らぎの空間”を演出。地上の集光機から太陽光を導き、ハーブを育成する試みは、日本の地下街で初であった。
-
3月1日
「なんなんタウン」「なんばウォーク」で携帯電話利用可能に
2001
-
3月
★ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ) 開業
3月16日
「なんばウォークパーキング」オープン
平面駐車場から地上3階の立体式に改装。収容台数が約3倍となり、入庫待ちの行列等の問題を改善。全台数、時間貸しの24時間営業とした。
※なにわ筋線工事の影響により、2021年9月閉鎖
-
10月30日
「なんなんタウン」広場改装工事竣工
2002
-
5月24日
ホワイティうめだ「ポケットセブン」を改装し
「ポケットパーク」として竣工 -
10月4日
ホワイティうめだ「泉の広場」に、車いす対応エレベーターと荷捌き用エレベーターを新設
10月4日
ホワイティうめだ「泉の広場」
改装、3代目噴水登場
「水の都・大阪」を象徴する“安らぎとくつろぎの空間”として、イタリアの広場を手本に設計。青空と雲を描いたドーム天井の下には、直径10mの大理石彫刻による噴水池を設置。その周囲に、魚と戯れる少年像を配置した。床のモザイクタイルはミラノのガレリアをイメージ、日伊の工房による共同制作。
2003
3月3日
「ドージマ地下センター(ドーチカ)」リニューアルオープン
リニューアルコンセプトは「Heart Angels 天使の心でおもてなし」。お客様を心からおもてなしするという接客の基本を中心に据え、天使が舞い、アートギャラリーを思わせるまちを目指した。また、障がい者用トイレや車いす用のリフトなども整備し、バリアフリー対応とした。
2004
10月21日
なんばウォーク
「シカゴギャラリー」オープン
米国3大美術館のひとつである「シカゴ美術館」所蔵の印象派絵画から、ルノワール、モネ、ゴッホら著名作品55点を原寸大の陶板画に複製したものを通路壁面や柱面に展示した。大阪市とシカゴ市の姉妹都市提携30周年を機に実現し、内装にも同館の特徴を取り入れ「シカゴギャラリー」と命名。通路空間に潤いを与え、東端の「ニュースパーク」にも6点を展示した。
2005
-
3月
愛・地球博(愛知万博) 開幕業
2006
11月17日
「なんなんタウン」から「NAMBAなんなん」へ、
リニューアルグランドオープン
隣接する南街会館の建て替えを機に全面リニューアルを計画。開業50年超の「なんなんタウン」は周辺施設との接続も含む大規模改装工事を経て「NAMBAなんなん」として生まれ変わった。デザインコンセプトは「和・モダン」で、店舗ゾーン(装・万・食)のイメージを際立たせた。奥には多国籍料理の「グラバール」ゾーンも設けられた。
2008
11月28日
ホワイティうめだ「FARURU」
リニューアルオープン
「梅田阪急ビル」建て替えに伴い、「ファッションロビー」を改装。大階段で接続していた「阪急百貨店」との動線を新設のB1Fへの接続通路でフラット化、バリアフリーの観点も含め、来街客への利便性向上を図った。2007年3月にデザイン・基本設計開始、翌年5月着工、「ちょっと上質な価値」を提供するファッション専門ゾーンが誕生した。
「FARURU」の名称は、フランス語のFashionable rue de ruban(ファッショナブルなリボン街=「自分への、他人への気軽なプレゼントのためのファッション街」の意味から。
2009
-
10月1日
「大阪地下街サービス振興㈱」を吸収合併
「意思決定のスピードアップ化と業務遂行の精度向上」「人材の有効活用および効率的な人員配置」「重複する業務の再編によるさらなる効率化」を目的に吸収合併した。
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20102020
2011(平成23年)
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3月
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震) 発生
7月22日
NAMBAなんなん
「なんなん広場」改修
天井・スロープ・タイル・照明・サインを一新した。
2012
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5月
東京スカイツリー 開業(世界一高い自立式電波塔)
2014
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3月
★あべのハルカス 全面開業(当時日本一の高さ)
10月10日
ホワイティうめだ「mikke」
リニューアルオープン
30数店舗がひしめく共通コーナー「ファンシーロビー」を、“働くオトナ女子”をターゲットに全面リニューアル。通路からの視認性を高め、回遊性も向上。社員がコンセプトワークから計画に携わり、トレンド指向のアパレルやコスメ、アクセサリーなど、多彩なテナント構成の「いつものワタシが“コハレ”気分になれる場所」に生まれ変わった。「mikke」の名称は“いいものみっけ”から。
2015
4月30日
なんばウォーク
「フォレストパーク」竣工
「水の広場」(1971年)から「ウォーターパーク」(1994年)を経て、「~For rest tree~やすらぎの木」をコンセプトとする「フォレストパーク」へとリニューアル。ゆっくりと安らげる“止まり木”のような存在が、広場のシンボル「Forest tree」(6本の躯体柱)。木漏れ日のような光が降りそそぐ森林型レストスペースへと生まれ変わった。オープンイベントでは、女性に人気のフォルクスワーゲン『Beatle』の展示や、話題のスイーツが食べられるカフェを展開し、賑わいを見せた。
2016
7月1日
「ドージマ地下センター(ドーチカ)」リニューアルグランドオープン
開業50周年を迎えた「ドーチカ」が、全面改装工事を経てリニューアルオープン。都会的感覚と気軽な雰囲気が融合し多くの人が行き交う活気にあふれる空間は、「心おだやか 和の空間」をコンセプトに生まれ変わった。オープン当日は、テープカットや公式キャラクター「堂島ちか」のお披露目で祝賀ムードに包まれた。
2017
-
7月14日
「堂島地下街㈱」が「㈱ドーチカ」に社名変更
2018
-
4月1日
大阪市交通局が民営化、
「大阪市高速電気軌道㈱(Osaka Metro)」設立当社はOsaka Metro Groupの一員となった。
11月21日
あべちか「花時計広場」竣工
開業50周年を前に、「パールガーデン」の愛称で親しまれてきた噴水広場を「花時計広場」に改装、視認性の向上と待ち合わせスポット化を図った。完成記念のオープニングセレモニーでは、テープカットやパンジー鉢のプレゼントが行われ、新たなシンボルとして生まれ変わった。
2019
-
5月1日
「令和」に改元
12月5日
「ホワイティうめだ2期」
リニューアルグランドオープン
2016年にリニューアル推進課を設置し、地下街としては全国でも類を見ない大規模リニューアルを計画。通路・広場・テナント区画を含むすべての壁床天井設備を撤去、全店休業・通路閉鎖を伴う大工事は2019年5月に着工した。このリニューアルで、50年親しまれてきた「泉の広場」の噴水を撤去し、歩きやすさや滞留性を向上。新たに設置した“水と木”をイメージした生命の木「water tree」により、心地よく過ごせる地下街へと進化した。
また、食のエリアとして特化し3つのゾーン構成となった。新御堂ゾーンには「NOMOKA」が誕生。多様な店舗が集まり、気軽に立ち寄れるバル街として、従来の地下街とは異なる楽しみ方を提供している。
12月月5日
ホワイティうめだ2期エリアに、
旬の果実とミルクのデザート
「POP’N FRUIT CAFÉ」オープン
社員企画立案の直営飲食店を泉の広場前にオープン。日本全国から厳選した旬のフルーツと北海道産の牛乳や乳製品を合わせた高感度なデザートを提供した。
(2022年8月、閉店)
12月9日
コワーキングスペース
「ONthe UMEDA」オープン
新規事業として、「ホワイティうめだ」直結の「メッセージ梅田ビル」B2階・1階に大型コワーキングスペースを開業。一般公募による施設名「ONthe(オンザ)」は、禅語の「帰家穏坐(きかおんざ)」から。(2021年3月、B2階のみ閉鎖)
2020
2020(令和2年)
4月11日
大阪府「緊急事態宣言」発令
4月11日(共通店舗は4月10日)から5月17日まで、6地下街(ホワイティうめだ、ドーチカ、コムズガーデン、なんばウォーク、NAMBAなんなん、あべちか)の全店舗が臨時休業。翌2021年4月25日~5月31日も同様に全店舗休業となった。
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4月20日
「㈱ドーチカ」を吸収合併
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6月1日
「㈱新南海ストア」を
M&Aにより買収子会社化「㈱高島屋」と「南海電気鉄道㈱」の共同出資により1957年に設立、当社地下街で専門店を運営してきたが、競争激化や通販拡大で収益が減少。経営改善のため、全株式を当社が買収し子会社化した。
2021年5月「TUCKNAL㈱」に社名変更。リテール事業を柱に、当社直営店の運営やSNS等の販促事業にも携わっている。もっと読む
2021
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7月
東京2020オリンピック 開幕
10月15日
コワーキングカフェ「CAFÉ ONthe ホンマチ」オープン
「ONthe UMEDA」のセカンドライン。Osaka Metro中央線「本町」駅構内に「TUCKNAL㈱」を事業主として開業、2022年4月に当社に事業移管された。
(2024年7月、閉店)
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10月29日
「CAFÉ ONthe ドーチカ」オープン
CAFÉ ONtheの2号店として、ドージマ地下センター「天使の広場」前にオープン。
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2022
2月7日
本社事務所「なんばウォークビル」
へ移転
1964年から入居していた「大阪富国生命ビル」に一部機能を残し、大規模改装を実施した「なんばウォークビル(旧:虹のまちビル)」へ本社事務所を移転した。
7月29日
「デジタル商品券」販売開始
紙の商品券からデジタル商品券へ。購入から店舗での利用まで、スマホで登録決済可能なプレミアムつき「6地下街共通デジタル商品券」が発売された。第1弾の販売では1億2千万円が完売した。
2025年2月からはOsaka Metroの「e METROアプリ」内での販売に切り替わった。
2023
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11月
★阪神タイガース 2度目の日本一
麻布台ヒルズ(森JPタワー)開業(日本一のビルを更新)
2024
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9月
★グラングリーン大阪(うめきた2期)先行まちびらき
2025
1月17日
NAMBAなんなんに、
ワッペンワークのストア&ラボ
「PUTON CLUB」オープン
社員企画立案の直営物販店。推し活に使える、ここでしか手に入らないオリジナルワッペンや、可愛い雑貨を揃えている。
店名の由来は、「ワッペンをPUT ON(プットオン) する」ところから。
3月27日
「NAMBAなんなん」
リニューアルオープン
リニューアルコンセプトは“シタマチイチバ”。2006年の「NAMBAなんなん」誕生以来初のリニューアル工事を実施し、下町のような温かみのある空間へ刷新した。開催目前の「大阪・関西万博」に向けて、大阪をさらに盛上げたいという想いのもと、なんばエリア初出店や関東の人気飲食店などをはじめ、全22店舗が新規オープンした。
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4月
★大阪・関西万博 開幕
2026
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6月13日
大阪地下街株式会社 設立70周年




























































































































