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地下街「今昔ものがたり」

大阪初の地下街で開業、今も愛され続けている「NAMBAなんなん」の老舗店

2026.06.08

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「NAMBAなんなん(前:なんなんタウン)」は、1957(昭和32)年に「ナンバ地下センター」として誕生した、大阪で最も歴史のある老舗地下街です。
実は、地下街誕生と同時に開業したお店が今も存在していることをご存知ですか?
この記事では、今も愛され続けているお店の方々に「当時のこぼれ話」などを伺いました。

医薬品・化粧品を中心に、健康、美容に役立つ情報と商品を提供「KoKuMiN コクミン」


現在

単なる安売りのドラックストアとは一線を画し、お客さまに“もっと美しく、もっと健康に”なっていただくために、専門性の高いドラッグストアを出店。
ヘルスケアとビューティケアにおけるカウンセリング力に磨きをかけるなど、より付加価値の高いサービスの提供を目指し、お客さまニーズにきめ細かくお応えできる体制を整えています。

回答者:㈱コクミン グループマネージャー





ドラッグストアとして日本で初めて地下街に出店

-----開業時のエピソード-----

開業当時のことを詳しく知る者がすでにおりませんので、代わりにお話しさせていただきます。
私は1992(平成4)年に入社し、最初に配属されたのがこの「なんなん店」でした。当時からコクミンの中でも屈指の実績を誇る店舗で、店内は常に凄まじい活気に満ちていたのを覚えています。
近畿圏内はもちろん、遠方からも多くのお客様が足を運んでくださいました。中でも特に印象に残っているのは、三重県から定期的に通ってくださっていたお客様です。「面白いものや綺麗な商品がたくさんあるから、この地下街と、このお店が大好きなんや」と、ご来店のたびに笑顔でおっしゃってくださいました。満足そうにお帰りになるその後ろ姿は、今でも心に残っています。


開業時





流行を取り入れたファッショナブルなお店として大繁盛!

-----開業からの69年間で印象深いのは-----

1992年の配属当時、店舗は今よりも入口よりに位置していました。駅に電車が到着するたびに、ものすごい人の波が店舗に押し寄せてきておりました。
バーゲン時ともなれば、お客様は店外にまであふれ、レジには常に長蛇の列ができていました。 商品を補充しても瞬く間に棚が空になり、複数人で倉庫を何度も往復して品出しをしましたが、それでも追いつかないほどの勢いでした。
特に話題の商品やトレンドをどこよりも早く取り入れていたため、流行に敏感な若い世代の方々も多く足を運んでくださいました。

KoKuMin コクミン

大阪ミナミで愛されてきた自慢の喫茶メニューの数々「ビクトリヤ」


現在

地下街開業時から変わらぬ、御堂筋なんば駅改札目の前の喫茶店。自慢の珈琲とトーストメニューを楽しめるモーニングや、昔ながらの喫茶メニューをアレンジしたランチ。
珈琲レパートリーはもちろん、様々なスイーツを楽しめるカフェ&ディナーは、今も大阪の人々に愛され続けています。

回答者:㈱ヴィクトリア 代表取締役社長(三代目)





美と憩いの喫茶ルーム、自慢のコーヒーの香りとともに。

-----開業時のエピソード-----

わたしの祖父母が、大阪初の地下街「ナンバ地下センター」開業と同時に「喫茶と洋菓子 ビクトリヤ」を開業しました。当時は、朝の開店と同時に黒山の人だかりができ、長蛇の列になったと聞いております。


開業時





ノスタルジックな雰囲気を醸し出す、人気メニュー。

-----開業以来続いているメニュー-----

当時からのメニューで今なお継続しておりますのは、ミックスジュースやソーダフロート、ミックスサンド、卵サンド、プリンアラモード、ナポリタンなどです。時代に合わせてレシピは変えていますが、開業時からの人気メニューです。

(左):卵サンド
(右):ナポリタン





大賑わいの「国際花と緑の博覧会」、あのスターたちも・・・。

-----開業からの69年間で印象深いのは-----

1990(平成2)年に開催された「国際花と緑の博覧会」時の賑わいは、今も強烈な印象を持っております。開業当時とは異なるとは思いますが、毎日1,200、1,300人ものお客様にご来店いただきました。当時は、吉本興業のスターたちもたくさんいらしてくださいました。

ビクトリヤ

正しく身を起こして商いにのぞむ。自慢の焼き鳥を、心を込めて「正起屋」


現在

三重県産「伊勢赤どり」を使った焼き鳥料理をお手頃価格で楽しめる人気店。
串焼きや創作鶏料理などこだわりの美味しさに舌鼓。ランチタイムはお値打ち感のあるお弁当や定食が好評です。

回答者:㈱正起屋 代表取締役社長





「正起屋」誕生の店。お客様が、食を楽しみ、満足して下さることが、私たちの使命。

-----開業からの69年間で印象深いのは-----

1951(昭和26)年、南区難波新地5番町にて創業。1957年に「㈱正起屋」を設立し、同年「ナンバ地下センター」に「正起屋」を開業しました。開業以来、自慢の「やきとり」をさまざまなシーンでご利用いただける様に商品や店舗を開発。ナンバ地下センター店の成功をきっかけに、他の地下街にも次々と出店することができました。



開業時(手前から4店舗目が「正起屋」)





素材にこだわった、開業時からの人気弁当

-----開業以来続いているメニュー-----

「とり弁当」はずっと提供させていただいております。

ファンの声:甘辛い鶏そぼろのお弁当で「A」と「B」があります。熱々の唐揚げも入ったとり弁当B(通称「B弁」)はファン多数です。


(左):とり弁当
(右):2016年頃の店内

正起屋

打ちたて、茹でたて、そば通を唸らせる、品々「田舎そば」


現在

のどごし抜群の茹でたてそばと揚げたて天ぷらが織りなす多彩な逸品たち。
「打ちたて、茹でたて」のおそばに通し揚げの天ぷらを添えた絶品メニュー。
天ざる、天ぷらそば、かもなんば、おろしそばをはじめ、多彩なセットメニューも人気です。

回答者:㈲風流宗右衛門町田舎そば 常務取締役





その大盛況に、大阪の地下街幕開けを感じた。

-----開業時のエピソード-----

1957(昭和32)年の開業当時は、1日に20万人が地下街にやってきました。「毎日新聞」が号外ビラを出すほどの盛況ぶりが忘れられません。
どのテナント店主さまも、大勢の来街者にびっくりしていた事が思い出されます。開業からしばらくはとにかく大賑わいで、当時20歳だった私は驚きと共に、大阪で第一号の地下街「ナンバ地下センター」の誕生に新しい時代の幕開けを感じていました。


開業時





そばの爽やかな香りと、自慢の出汁の効いたかつ丼

-----開業以来続いているメニュー-----

ざるそばや天ぷらそば、天ざる、かつ丼など、開業時からのメニューがあります。
なかでも「天ぷらそば」と「かつ丼定食」は 現在も、人気の商品です。


(左):天ぷらそば
(右):かつ丼定食





世界の、日本の、大阪の日常が覆った、コロナ禍

-----開業からの69年間で印象深いのは-----

やはり、2020年春頃から世界中でまん延した新型コロナ感染症でしょうか。地下街も2度一斉休業を実施し、本当に気持ちが落ち込みました。
6年間は感染におびえながらの運営を余儀なくされました。行政による幾多の支援金に助けられながらも「廃業も考えざるをえない」状況を振り返ると、「二度とあってほしくない、思い出したくない」大きな出来事だったと思います。

田舎そば

店名の由来は、地下に和菓子店を出すのなら…「もぐらや」


現在

どら焼き、みたらし団子、あんみつ…。甘党にうれしい和菓子と喫茶のお店。
究極のどら焼き「もの字焼き」は、みたらし団子のもぐらやが試行錯誤の末、独自の製法で完成させた逸品です。

回答者:㈱かどや 和菓子のもぐらや 代表取締役社長





時代を先取りした、和菓子店主の挑戦魂!

-----開業時のエピソード-----

1950年代初頭は、地下街と聞いても「人が歩く道の下に存在する“地下道”」としかイメージできない時代でした。

「地下道から地下街へ」

1957(昭和32)年、「ナンバ地下センターに和菓子屋を出店する」という決断を下した先々代(もぐらや・創業者)は、周囲から猛反対されたそうです。
鶴屋、亀屋という屋号が老舗の和菓子屋の代名詞なら、「そうだ!地下にお店を出すから『もぐらや』がいい」と、「良くないイメージの地下を逆手にとった」という先々代の話を聞かされたことを感慨深く思い出します。





一度食べたらクセになる、みたらしのタレ。

-----開業以来続いているメニュー-----

開業から少し遅れて甘味喫茶で提供しはじめた人気メニューのひとつ、それは温々(あつあつ)で提供させて頂いている「みたらしだんご」です。
老若男女を問わず、お持ち帰りも含めて皆様から長年ご愛顧いただいております。

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(左):みたらし団子
(右):もの字焼き(どら焼き)

もぐらや